『勝利のドン・ファン』考






 ファントムのオペラ『勝利のドン・ファン』は、スコアを見た支配人たちに散々「酷い!」とこき下ろされています。しかし、あのファントムの作る曲がそんなに下手な曲だとは思えないし、実際『勝利のドン・ファン』をお好きな方も多いと思います。では何故観客すら顔をしかめて耳を塞いでいるのでしょうか。
 この『勝利のドン・ファン』は映画のパンフにも書いてあるように、全音階で構成されてます。普通調性のある音階というのは、根音(主音。ハ長調ならハの音…つまりド)を第1音とすると、そこから1オクターブ上の根音までの間、3音と4音、7音と8音の間が半音になっているものです。ドレミファソラシドの1オクターブの中の、ミファとシドですね。この半音がどこであるかによって、聴音でもト長調だとかニ短調だとか知ることができます。
 ところが全音階というものはこの半音が存在しません。つまり調性が解らない音楽です。この全音階を好んだ作曲家といえばドビュッシーなどが有名です。個人的にドビュッシーは初見がしづらく弾けないので嫌いです。
 このドビュッシーの≪3つの夜想曲≫より『雲』とか聴いてもとらえどころがなく、調性判断もしづらいです。ドビュッシーの時代は他の作曲家も無調音楽を作っていたので、この時代の流行だったんですね。この『雲』が作曲されたのは1899年です。映画の時代設定よりも30年ほど後になります。
 そう、ファントムの作った無調音楽、『勝利のドン・ファン』は世に出るのが早すぎたんです。1870年の段階ではまだ音楽には調があるのが常識で、無調音楽なんて『狂気の沙汰』としか思えないような音楽だったんでしょうね。舞台の方では、『勝利のドン・ファン』の練習風景で、ピアンジがどうしても音が取れないという描写があります。ドビュッシーもシェーンベルクも飛び越えた私たちの耳には馴染んでも、調性音楽しか聴いたことのないピアンジ氏にこの曲の音をとるのは大変苦痛だったでしょうね。
 映画のパンフには「前衛的な…」と書かれていますが(誤訳されてますけど)、何がどう前衛的だったため受けなかったのか、理由はそうゆう訳だったんですね。
 世に出るのが早すぎた天才というのは何の分野でもあります。ファントムも30年ほど時代を先取りしていたので大衆受けはしなかったのでしょう。
 私はこれを知ったとき、ALWはスゴイと本気で思いました。綿密な知識に裏づけされているからこそ、この『勝利のドン・ファン』を作曲したんでしょうね。

 映画のパンフを読んだだけで何だかわからなかった方、これを読んで解っていただければ幸いです。