アヤが歌い、私が弾く。いつもの日常どおりのレッスンだ。アヤは随分声が良くなってきて、細い高音も的確に出せるようになってきている。指導者の欲目ではなく、本当にいい生徒だと思う。
「オペラはまだ早いだろうね」
今日の練習を終え、一息ついて私は言った。今歌わせているのはイタリア歌曲とドイツリートを数点。まずは基礎を固めるのが大事だ。
「でも最初に比べたら本当に良くなった。これからも続けていけばもっと伸びるだろう」
私がそう言うとアヤがにっこりと笑い、身体を寄せてきた。レッスンで甘やかすつもりは無いが、一度レッスンを離れれば私はどうもアヤに甘くなってしまう。だがアヤもそれは心得ているようで、レッスンの最中はほとんど私語もせずに、私にも敬語で話しかけている。
「おいで」
私が腕を広げると、アヤがそこに納まるように抱きついてくる。レッスン後、アヤを膝に乗せての談笑…これもまた、日常だ。
他愛もない事を喋っていると、ふと私達は無言になった。私はその沈黙を埋めるように、アヤのみずみずしい唇に口付けた。
「…ん?」
甘い。
「これは…蜂蜜か?」
「うん。冬は唇が乾燥するから…」
そう言われてみればその赤い唇はいつもより若干潤っており、本当に美味しそうに私を誘っている。
「…取れちゃうから、キスは加減してね?」
その言葉を聞いて、私はまた口付けた。柔らかく、甘いその唇は本当に砂糖菓子のようで、食べてしまいたい衝動に駆られる。
「だから…」
「聞こえない」
その下唇を軽く噛み、舌を入れる。
「んっ…」
鼻にかかったような声を出し、アヤが顎を動かして抵抗を試みる。私は構わずに舌を絡め、吸ってやった。
しばらくその甘い唇を楽しみ、口を離す。今度は唾液で唇を潤わせて、アヤが文句を言った。
「もう…取れちゃったじゃない…」
咎めるような口調とは裏腹に、顔は赤く目は潤んできている。
「また塗ればいい。…それとも、塗ってやろうか?」
私がそう言うとアヤはそっぽを向き、「知らない」とだけ言った。その頬に手を添え、また私の方を向かせる。まっすぐな眼差しで私を見ていたアヤの瞼が閉じられたのを合図に、私はまたその柔らかな唇を貪った。